時代を映す、
カップの写し。
このコーヒーカップは、京都の骨董店「大吉」によって選ばれた、大正から昭和初期の瀬戸物をもとに東屋が写した一作。
形だけでなく、素材や技法、そして当時の空気までをすくいとり、いまの生活にそっとなじむよう再構成されています。
明治以降、日本は急速に西洋文化を取り入れていきます。
コーヒー文化の流入、洋食の普及、ハイカラな生活様式への憧れ…。
そんな時代に、瀬戸は輸出用の洋食器を大量に生産する拠点として栄え、国内向けの器にも西洋風の意匠が定着していきました。
このカップの模様も、まさにその空気を反映したもの。
赤い連続文様は、東欧やドイツの古い陶器やホーロー食器に見られる幾何学模様。
青の輪線や控えめな彩色も、北欧や西ドイツのミッドセンチュリー食器を思わせます。
けれどよく見ると、模様のベースには日本でも古くから使われてきた菱形のかたちが潜んでいたり、白い素地に藍色のラインという伊万里や有田に見られる伝統的な色づかいだったり。
海外の構図をなぞりながらも、自分たちの美意識に引き寄せてデザインをかたちにする。
そんな感覚があったからこそ、時代を越えても使いたくなる魅力を生んでいるのかもしれません。
赤い縁飾りは手彫りのゴム印でひとつずつ捺され、青い輪線は筆でくるりと描かれています。
成形には「水ゴテ」という、ろくろを使った手仕事の成形法が使われており、素地にはあえて少し雑味のある土を選ぶことで、古い器が持っていたざらりとした風合いが再現されています。
「写し」とは、単なる再現ではありません。
かつて存在した“ふつうの器”が持っていた、佇まいや感覚を、現代に引き戻すこと。
そして、手間をかけつつも過剰な演出はせず、今の生活に静かに馴染むように仕上げること。
そうして生まれたこのカップには、懐かしさと新しさが、まっすぐ同居しています。
小さく始まった、
コーヒーのある暮らし。
大小ふたつのサイズがありますが、もとになった古物は「小」サイズのほう。
容量は満水時で約165mlと現代のマグに比べればずいぶん控えめですが、当時のコーヒー文化にはぴったりの大きさです。
昭和初期、日本でコーヒーはまだ「日常の飲みもの」ではありませんでした。
喫茶店は今のように気軽に入れる場所ではなく、少しハレの場のような存在。
濃く淹れたコーヒーを、少しずつゆっくり味わうが主流だった時代には、この控えめなサイズが自然だったのです。
現代でいえば、サイフォンやネルドリップで丁寧に淹れたコーヒーを、じっくり楽しむときに適したサイズ感になっています。
そんな背景をふまえつつも、東屋は現代の暮らしにも合う「大」サイズ(満水で容量約230ml)を制作しました。
かたちや佇まいは「小」とまったく同じ。
手に馴染む感触も、静かな存在感も、しっかりと受け継がれています。
テキスト:栗山 萌
写 真 :天神 雄人
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