かたちにする、
ということ。
名のとおり、巻くための道具「寿司巻(磨き竹)」。
竹ひごを綿糸で丁寧に編み上げた、昔ながらの道具です。
買ってきた野菜や刺身を置いて巻けば、立派なご馳走が完成します。
出汁が多めの卵焼きにも、巻き簀は欠かせません。
焼きたての玉子をそっとのせて、ふわっと包み、ぎゅっと締めすぎないように巻く。
とじ目を下にして少し置いておけば、自然ときれいな形に整います。
断面を切る瞬間は、ちょっとした緊張と期待が入り混じる時間。
思い描いたかたちにぴたりと収まっていると、手の中で生まれたものが少し誇らしく思えてくる。
これこそがいい道具の力だなと、あらためて思うのです。
醤油という万能のまとめ役がいるおかげで、たいていは美味しく仕上がるのも巻き寿司のいいところ。
けれど本気で、具材の食感や風味、温度、ひと口ごとの構成までを考え出すと、「巻く」という行為はぐっと奥行きを持ち始めます。
おにぎりやお造りとはまた違う、“組み立てる料理”としての面白さがあります。
それに気づいたのは、私の大好きなお店が、ゲリラ的に販売する「棒寿司」のおかげかもしれません。
カラスミと縞鯵、炙り鯖や酢橘を添えたかますなど、日によって具材はさまざま。
どの味も、知っているはずの食材ばかりなのに、口に入れるとまったく別のものとして立ち上がってくる。
静かに、でも確実に衝撃を与えてくる料理で、何がどうやって美味しいになっているのか分からず気づけば食べ終えている。
酢飯と具材のバランス、潔さ、そして巻きの美しさ。
シンプルな料理だからこそ滲むそのかっこよさに憧れて、ただいま修行中です。
料理・文:栗山 萌
写 真 :天神 雄人
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