間違いなく良い薬缶。
「薬缶」という言葉の由来を調べてみますと、元々は薬草を煮出すための道具だったそうです。
それが時代とともに、湯を沸かす道具へとシフトしていったのですが、渡邊かをるさんがデザインした銅之薬缶の佇まいからは、その語源、元来の用途に通じる“日々の養生をそっと支えるような存在感”がどこか漂っています。
使ってこそ、使ってこそ。
東屋の銅之薬缶。
手に取ると、まずその美しさに驚きを超えて困惑します。
「さて、どうしたものか。」
まずはひと息ついて、台所に置いてみましょう。
空間が一段格上げされたような、ちょっとうふふな気分を存分に楽しんでください。
そしたらば、「あまりにきれいすぎて、おろすのがもったいない」という気持ちと折り合いをつけて、エイヤと水を入れて火にかけましょう。
使ってこその道具です。
火と水にさらされることで、銅の肌は少しずつくすみ、やがて飴色に変わっていきます。
手前にある薬缶は使い続けて経年変化が進んだもの。
新品の輝きは落ち着いた鈍い風合いとなり、当初やたらと目を引いていた薬缶は台所の景色にすっと馴染んでゆくのです。
少しずつ増えていく火の跡も水の輪も、それはそのまま暮らしの記録。
ものは変わっていくし、変わっていい。
台所の隅にいながら諸行無常を語ってくるブッダな薬缶です。
この薬缶を使う理由。
東屋の銅之薬缶は、道具としてもよくできています。
銅は熱の伝わりが早いので、お湯はすぐに沸くし、イオンのはたらきによって沸かしたお湯もなんだかまろやか。
抗菌性もあるので、気持ちのうえでも清潔です。
持ち手部分が片側に倒れない構造になっているおかげで、火にかける際のストレスもありません。
でもそんな理屈はひとまず置いておいて——この薬缶、ただ置いてあるだけで最高にかっこいい。使う理由はもうそれだけでいいと正直思っています。
僕はいま、「ここまで書いてきた商品説明文なんていらないんじゃないか、写真だけのほうがむしろ伝わるんじゃないか」という葛藤と逡巡の最中。
写真・文:天神 雄人
※このコンテンツの著作権は株式会社LaLa Canvasが保有しております。無断でのコピー・転載・転用は固くお断りいたします。